HISTORY OF JAPANESE DRAG

日本のドラァグクイーン史

すべての出演記録ではなく、シーンの流れを変えた出来事を厳選してたどる年表です。

地域
分野

  1. DIAMONDS ARE FOREVERが始まる

    古橋悌二(ミス・グロリアス)、シモーヌ深雪、DJ LaLaらを中心に、大阪でドラァグクイーン主体のクラブパーティーが始動。日本における現代的なドラァグ・カルチャーの草創を示す重要な起点となった。

    関係人物:シモーヌ深雪

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  2. 芝浦GOLDでTHE PRIVATE PARTYが始まる

    芝浦GOLDで大規模ゲイナイト「THE PRIVATE PARTY」が始まり、毎月の開催を通じてドラァグクイーンのショーが東京のクラブシーンで一般化したとされる。年1回の「ミス・ユニバース」も行われ、ドラァグを見せる文化の大きな舞台になった。

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  3. 『ダイヤモンド・アワー』が日本初のドラァグクイーン・ムービーとして制作される

    DIAMONDS ARE FOREVERにレギュラー出演していたD・K・ウラヂが、ミス・グロリアス(古橋悌二)をヒロインに当時のドラァグクイーンたちを総出演させた自主制作映像『ダイヤモンド・アワー』を制作。HIV/AIDSと死をキャンプな表現で描き、日本のドラァグ文化が自らのコミュニティと時代を映像作品として記録した重要な節目となった。

    関係作品:ダイヤモンド・アワー

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  4. ドラァグ集団 UPPER CAMP が誕生

    パソコン通信のコミュニティを起点に東京でUPPER CAMPが誕生し、新宿二丁目のクラブでショーを展開。ブルボンヌ、エスムラルダ、肉乃小路ニクヨら後年の重要人物を輩出する母体となった。

    関係ユニット:UPPER CAMP

    関係人物:ブルボンヌ / エスムラルダ / 肉乃小路ニクヨ

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  5. 『Mew』でマーガレットがテレビ初のドラァグクイーン・パーソナリティに

    テレビ朝日の音楽番組『Mew』が1994年4月に放送開始。放送期間中、マーガレットは『mew ~マーガレットの部屋』でレギュラーパーソナリティを務め、複数の後年プロフィールで「テレビ初ドラァグクイーンのパーソナリティ」と位置づけられている。1990年代前半にドラァグクイーンが深夜テレビの継続的な語り手として登場した重要な可視化の節目。

    関係人物:マーガレット

    関係作品:Mew

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  6. オナペッツがEPICソニーから『月影のナポリ』を発売

    宝ダイヤと宝ルビーによるドラァグクイーンユニット・オナペッツが、EPICソニーからシングル『月影のナポリ~オナペッツ』を発売。翌1995年にはEPICからアルバムも続き、1990年代半ばにドラァグクイーンのユニットがクラブやショーの外へ出て、一般の商業音楽流通でも継続的に活動した重要な節目となった。

    関係ユニット:オナペッツ

    関係人物:宝ダイヤ / 宝ルビー

    関係作品:月影のナポリ~オナペッツ

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  7. 映画『プリシラ』日本公開でドラァグクイーンの認知が広がる

    ドラァグクイーンを主人公にした豪州映画『プリシラ』が日本で公開。エスムラルダは、当時はゲイの間でもドラァグクイーンがまだ馴染み薄かったが、本作の公開後に認知が広がり、自身へのクラブイベント出演依頼も増えたと振り返っている。海外作品の受容が日本の実際のドラァグシーンの可視化と出演機会の拡大につながった転換点。

    関係人物:エスムラルダ

    関係作品:プリシラ

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  8. 『流行通信』がドラッグ・クイーンを特集

    ファッション誌『流行通信』で「ドラッグ・クイーン」の特集が組まれた。クラブやゲイコミュニティを中心に育っていたドラァグ文化が、一般のファッション・カルチャー媒体でまとまって紹介される段階へ進んだ象徴的な出来事。

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  9. レインボーマーチ札幌の前夜祭でドラァグが前面に

    第2回レインボーマーチ札幌では、ドラァグクイーンが多数出演する前夜祭パーティが開催された。札幌を代表するルチアーノの強烈なショーも語り継がれ、パレードとクラブ/ドラァグ文化が結びつく札幌独自のスタイルが早くから形づくられた。

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  10. 東京でHIV啓発イベント「VOICE」が始まる

    1997年の「お楽しみ演芸会」を前身に、ゲイ・バイセクシュアル男性へHIV/エイズの啓発メッセージを届けるイベント「VOICE」が四谷区民ホールでスタート。来場者279人、出演者106人の規模で始まり、その後2007年まで毎年続く東京の代表的なコミュニティイベントになった。

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  11. DIVA JAPANで全国のクイーンが集結

    大阪・堂山のバナナホールで、日本各地から約50人のドラァグクイーンが集まる大規模イベントDIVA JAPANが開催された。地域ごとに育っていたシーンが全国規模で交差した象徴的な出来事となった。

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  12. マーガレットとホッシーがMISIAツアーに参加

    マーガレットとホッシーがMISIAのツアーに同行し、ドラァグクイーンがメジャーアーティストの全国ツアーに起用された日本初の事例とされる。クラブシーン外の大規模な音楽興行へ活動領域が広がった転換点。

    関係人物:マーガレット / hossy

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  13. レインボーマーチ札幌に日本初のDJフロート

    4トントラックにDJ、GOGO BOY、ドラァグクイーンが乗る大型DJフロートが登場し、クラブパーティの熱気をそのまま街路へ持ち出した。資料では日本のプライドパレードで初の試みとされ、札幌がドラァグを公共空間へ大きく可視化した転換点となった。

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  14. DIVA JAPAN TOKYOが新宿CODEで開催

    前年の大阪・DIVA JAPANに続き、新宿のクラブCODEでDIVA JAPAN TOKYOが開催された。全国規模でクイーンが交差する大型企画が東京へ展開し、地域をまたぐドラァグシーンの結節点が生まれた。

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  15. Blue Oyster Loungeが新宿二丁目に誕生

    新宿二丁目に、毎晩ドラァグクイーンのショーを見せるBlue Oyster Loungeが誕生した。単発イベント中心だったドラァグショーが、日常的に見られる常設の夜の娯楽へ広がった象徴的な出来事。

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  16. パレード前日祭GLORYに全国のクイーンが集結

    東京レズビアン&ゲイパレード前日祭GLORYに、全国から約50人のドラァグクイーンが集結した。クラブの夜だけでなく、プライドに接続する野外フェス型の場でドラァグが大きく可視化された。

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  17. 名古屋でNGR(後のNLGR)が始まる

    HIV予防啓発団体Angel Life NAGOYAを中心に、名古屋・栄の池田公園でNGR(Nagoya Gay Revolution)がスタート。大阪のSWITCH 2000にも刺激を受けた地域発の野外イベントで、のちにNLGR/NLGR+へ発展し、ドラァグクイーンが名古屋のコミュニティ文化を担う主要な舞台の一つになった。

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  18. 大阪のHIV予防啓発にドラァグクイーンショーが組み込まれる

    大阪市の委託事業として実施されたクラブパーティ「basement[g]roove」で、ドラァグクイーンショー、啓発資材、トークを組み合わせた複合的なHIV予防介入が行われた。ドラァグのショーが娯楽だけでなく、当事者コミュニティに健康情報を届ける媒介として制度的な施策に組み込まれた重要な例。

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  19. ドラァグクイーンMelodiasが「Living Together計画」の立ち上げに参加

    ドラァグクイーンMelodiasとしても活動するAkira the Hustlerが、ぷれいす東京などとともに「Living Together計画」を発足。HIV陽性者や周囲の人のリアリティを、アートやコミュニティ文化を通じて伝える取り組みにドラァグの担い手が初期から関わった重要な節目。

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  20. 『出没!アド街ック天国』新宿二丁目特集でドラァグクイーンを紹介

    テレビ東京『出没!アド街ック天国』の新宿二丁目特集で、クラブQubeとスタッフの黒子がドラァグクイーンとして紹介された。地上波の街情報番組がドラァグクイーンの表現やジェンダー観まで説明した初期の記録として、一般視聴者への認知拡大を示す。

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  21. 大阪・扇町公園でPLuS+が開催される

    MASH大阪を中心に、大阪・扇町公園で大規模なHIV予防啓発イベント「PLuS+」が開催された。クラブ、アート、演劇、映画、ブースなどを横断する野外フェスへ発展し、2000年代の大阪ではドラァグクイーンもこうしたHIV予防啓発イベントで活躍するようになった。

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  22. 大阪にdo with cafeがオープン

    大阪・兎我野町にdo with cafeがオープンし、ドラァグクイーンのショーを日常的に楽しめるダイニングバーとして定着した。クラブイベントとは異なる常設型の接点が関西で育った重要な節目。

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  23. 星屑スキャットが新宿二丁目で活動開始

    2005年3月、新宿二丁目で行われた歌謡イベント『星屑スキャット』をきっかけに、ミッツ・マングローブ、ギャランティーク和恵、メイリー・ムーの3人による活動が始まった。回を重ねる中で音楽ユニットとして捉えられるようになり、のちにメジャーデビューや全国ツアーへ活動を広げた。

    関係ユニット:星屑スキャット

    関係人物:ミッツ・マングローブ / ギャランティーク和恵 / メイリー・ムー

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  24. VOICE05でドラァグがHIV啓発の中心演目を担う

    四谷区民ホールのVOICE05は来場者483人、出演者101人の大規模なHIV啓発イベントに成長。エスムラルダが司会を務め、ドラァグクイーンとのコラボレーションショーも実施され、ドラァグが啓発メッセージを届ける主要な表現手段として定着していたことが確認できる。

    関係人物:エスムラルダ

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  25. 新宿二丁目で「Living Together のど自慢」が始まる

    HIV陽性者や周囲の人の手記朗読とカラオケを組み合わせた参加型サロンが、新宿二丁目の九州男を中心に定期開催されるようになった。ドラァグクイーンのマダム ボンジュール・ジャンジが企画・出演を担い、ドラァグの表現力を長期的なHIV啓発へ接続した。

    関係人物:マダム ボンジュール・ジャンジ

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  26. 「VOICE07 FINAL Together Again」で10年の活動に区切り

    毎年開催されてきたゲイ・バイセクシュアル男性向けHIV予防啓発イベントVOICEが10年を一区切りに最終回を迎えた。来場者394人、出演者90人、スタッフ30人が参加し、エスムラルダが司会、メロディアスらによるメッセージ性の強いショーも行われた。

    関係人物:エスムラルダ

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  27. 『出没!アド街ック天国』で「ドラァグクイーン」が独立項目に

    テレビ東京『出没!アド街ック天国』の新宿二丁目特集で「ドラァグクイーン」が15位の独立項目として紹介された。リップシンクなど具体的なステージ表現まで解説され、ドラァグクイーンが街の一要素ではなく固有の文化として地上波で可視化された。

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  28. 『Lipsynca』が京橋花月で上演、ドラァグクイーンが一般商業演劇の主役題材に

    大阪・京橋花月で『Lipsynca~ヒールをはいたオトコ!?たち~』が上演され、実在のドラァグクイーンであるナジャ・グランディーバとFOXY-Oらが出演した。do with cafeをモデルに、ドラァグクイーンのショーだけでなくマイノリティとしての現実も物語化し、一般の商業演劇へドラァグ文化を持ち込んだ節目となった。

    関係人物:ナジャ・グランディーバ / foxy-o

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  29. hacoで「九州女装連合展」が開催

    福岡のコミュニティセンターhacoで、2010年2月7日から3月7日まで「九州女装連合展」が開催された。福岡のドラァグ集団がコミュニティ拠点の展示企画として可視化されたことを、公的研究報告から確認できる早期の記録である。

    関係ユニット:九州女装連合

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  30. NLGR10周年、ドラァグが名古屋の昼夜をつなぐ存在に

    10年目を迎えたNLGR2010では、池田公園の野外ステージに新人からベテランまでのドラァグクイーン企画が組まれ、夜の代表的パーティPIERROTにも多数のクイーンが出演。ドラァグが啓発イベントとクラブシーンの両方を横断する、名古屋の地域文化として定着していたことが確認できる。

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  31. 大阪のドラァグシーンを記録した写真集『The Night Is Still Young』が日米で刊行

    畑智章が主に2000年代前半の大阪周辺のドラァグクイーンとクラブ/パーティーシーンを撮影した写真集が、赤々舎と米powerHouse Booksから刊行された。当時の日本ドラァグ文化をまとまった写真記録として国内外へ残し、後世から参照できる形にした重要な節目となった。

    関係作品:The Night Is Still Young

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  32. NGRから10年、地域フェスが「NLGR+」へ

    2001年に始まったNGR/NLGRは、2011年から「NLGR+」へ名称を改めて継続。HIV検査と野外フェスを組み合わせ、ドラァグクイーンも長年ステージを担ってきた名古屋独自のコミュニティイベントが、新しい段階へ移った節目となった。

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  33. フジテレビで『JOSO-TV』放送、複数のドラァグクイーンが番組の主役に

    フジテレビで、マツコ・デラックスとミッツ・マングローブが完全監修する『JOSO-TV』が放送され、ダイアナ・エクストラバガンザ、ナジャ・グランディーバ、肉乃小路ニクヨ、ブルボンヌ、ホッシーら多数のドラァグクイーンが出演した。ドラァグクイーンが地上波番組の中心的出演者としてまとまって登場した節目として重要。

    関係人物:ミッツ・マングローブ / DIANA EXTRAVAGANZA / ナジャ・グランディーバ / 肉乃小路ニクヨ / ブルボンヌ / hossy / バブリーナ

    関係作品:JOSO-TV

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  34. ブルボンヌがNHKラジオ第1の昼帯番組で曜日パーソナリティに

    ブルボンヌがNHKラジオ第1『午後のまりやーじゅ』の木曜パーソナリティを担当。本人は後年、この起用を自身初のラジオレギュラーであり、当時NHKで『オネエタレント』がレギュラー起用された初例とプロデューサーから聞いたと振り返っている。

    関係人物:ブルボンヌ

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  35. レインボーマーチ札幌が18年の歴史に幕

    16回目となるレインボーマーチ札幌ファイナルが1100人超を集めて開催され、18年続いたパレードが終了した。前夜祭には地元・東京・名古屋・大阪のドラァグクイーンが出演し、エスムラルダらも登壇。ドラァグとプライドが密接に結びついた札幌の一時代の区切りとなった。

    関係人物:エスムラルダ

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  36. 東京のドラァグ/アンダーグラウンドシーンを記録した『fabulous 1999-2006』が刊行

    斉藤芳樹が1999年から2006年の東京のアンダーグラウンドなパーティーシーンを撮影した写真集が刊行された。ドラァグクイーンを含む当時の夜の文化を一冊にまとめ、2000年前後の東京ドラァグシーンを後世から参照できる写真記録として残した節目となった。

    関係作品:fabulous 1999-2006

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  37. ピンクドット沖縄でドラァグの公共ステージが定着

    那覇・国際通り沿いのテンブス広場で開かれた第2回ピンクドット沖縄に約1,000人が集まり、ドラァグクィーンのパフォーマンスがプログラムの一部として披露された。沖縄の中心市街地で、ドラァグがLGBTQの可視化イベントの表舞台に継続的に登場する流れを示した。

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  38. Shangri-La『MUSCLE BEACH』が5,000人規模へ

    新木場ageHaの大型ゲイナイトShangri-La『MUSCLE BEACH』が約5,000人規模に達した。複数フロアにドラァグクイーンのショーやホスト役が組み込まれ、東京のドラァグが数千人規模・国際集客のクラブ文化を構成する存在になった節目。

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  39. 九州レインボープライドでドラァグがパレードの公式要素に

    福岡市の冷泉公園で九州レインボープライド2016が開催され、公式告知はパレードをドラァグクイーン等のパフォーマーが沿道を盛り上げる構成として明記した。福岡都心の大規模プライドで、ドラァグが公式な可視化の担い手として位置づけられた記録である。

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  40. ドリアン・ロロブリジーダが舞台アーカイブ用YouTubeを開設

    ドリアン・ロロブリジーダが個人YouTubeチャンネルを開設。後年の公式説明でもステージ映像を残してきたチャンネルと位置づけられており、ドラァグの舞台記録を個人が継続的にオンライン蓄積する基盤となった。

    関係人物:ドリアン・ロロブリジーダ

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  41. 第5回ピンクドット沖縄でドラァグが過去最大規模の公共イベントへ

    第5回ピンクドット沖縄は3,000人超を集め、ブルボンヌの司会、地元の「琉球女装時代」のパフォーマンス、グラン・アブラマミレ・バニラらのドラァグショーが行われた。沖縄のドラァグ表現が、国際通りの大規模なプライドイベントで広く可視化された節目となった。

    関係人物:ブルボンヌ / アブラマミレ

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  42. Shangri-Laが15年の歴史に幕

    ageHaの大型ゲイナイトShangri-Laが15周年開催をもってFINALを迎えた。最終回にも複数のドラァグクイーンが出演し、2000年代以降の東京でドラァグを大箱クラブのエンタテインメントとして定着させた長期シリーズが一区切りとなった。

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  43. 名古屋でドラァグクイーンスクール「Switch」が開講

    Lyra-h Grailのライラ・カンパニーが、ドラァグクイーンスクールSwitchの体験・なりきりコースを開講。クラブやイベント出演だけでなく、メイクや変身体験を通じてドラァグ文化を教え、次の担い手や一般参加者へ開く常設の場が名古屋に生まれた。

    関係ユニット:ライラ・カンパニー

    関係人物:Lyra-h Grail

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  44. 「名古屋レインボープライド」として再始動、ドラァグが運営とステージを担う

    2012年から続いた「虹色どまんなかパレード」が、2019年に「名古屋レインボープライド」へ改称してオアシス21で再始動。ドラァグクイーンのLyra-h Grailが共同代表・MCとして関わり、ドラァグが出演者にとどまらず地域のプライド運営を担う段階へ広がった。

    関係人物:Lyra-h Grail

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  45. 『JUDGE ME』でドラァグクイーンが継続ホストに

    コスモポリタン日本版のYouTubeシリーズ『JUDGE ME』で、ドリアン・ロロブリジーダとリル・グランビッチがホストとしてゲストの恋愛・対人・キャリア等の相談に答える形式が定着。大手女性メディアの継続動画企画で、ドラァグクイーンのトーク力がシリーズの中核になった。

    関係人物:ドリアン・ロロブリジーダ / リル・グランビッチ

    関係作品:JUDGE ME

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  46. ドリアン・ロロブリジーダがTBSラジオ『LOVE RAINBOW TRAIN』のパーソナリティに

    ドリアン・ロロブリジーダがryuchellとともに、LGBTQやダイバーシティを扱うTBSラジオ『LOVE RAINBOW TRAIN』の新パーソナリティに就任。ドラァグクイーンが全国的な民放ラジオで継続的に番組の声を担う事例として、ラジオでの可視化が一段進んだ。

    関係人物:ドリアン・ロロブリジーダ

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  47. ageHa最後のゲイナイトをドラァグが締めくくる

    ageHa最後のゲイナイト『GLITTER BALL』が開催され、全国から多数のドラァグクイーンが参加した。フィナーレでは総勢100名近いドラァグクイーンとダンサーがステージに立ち、約20年続いた大箱ゲイナイト文化の終幕をドラァグが象徴的に締めくくった。

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  48. 第10回ピンクドット沖縄で那覇初のレインボーパレード

    第10回ピンクドット沖縄で、那覇市では初となるレインボーパレードが国際通りを進んだ。ブルボンヌ、ドリアン・ロロブリジーダや前夜祭を盛り上げたドラァグクイーンらも参加し、沖縄のドラァグがステージから街路へ可視化の場を広げた節目となった。

    関係人物:ブルボンヌ / ドリアン・ロロブリジーダ

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  49. OPULENCEが始動

    2023年1月、大規模ドラァグクイーンショー「OPULENCE」が始動。The Japan TimesはVera StrondhとTom Hall(Gyoza Tonin-Anang)のpassion projectとして紹介している。

    関係人物:Gyoza / VERA STRONDH

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  50. 九州レインボープライドが初の2日開催、ドラァグの可視化も拡大

    九州レインボープライド2023は11月4日・5日に初めて2日間開催され、2日間で約2万4000人と当時過去最多の来場を記録した。ドラァグクイーンのステージや、ドラァグクイーンが乗るパレードフロートも展開され、福岡の大規模な公共イベントにおけるドラァグの定着と可視化の拡大を示した。

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  51. サマンサ・アナンサの冠ワイド番組『DO UP』がABCラジオで開始

    ABCラジオで『サマンサ・アナンサのDO UP』が毎週土曜2時間半の生放送としてスタート。ドラァグクイーン本人の名前を冠し、ドラァグクイーン界の出来事を扱うコーナーも含む大型レギュラー番組が民放AM局で編成された節目となった。

    関係人物:サマンサ・アナンサ

    関係作品:サマンサ・アナンサのDO UP

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  52. 『Durian's Powder Room』開設、独立YouTubeメディアへ

    ドリアン・ロロブリジーダが、従来の舞台アーカイブ用チャンネルとは別にトーク中心の『Durian's Powder Room』を開設。2026年8月時点で登録者約15.4万人・総再生約4,300万回規模となり、日本のドラァグクイーン個人発信が大規模な継続メディアへ成長した例となった。

    関係人物:ドリアン・ロロブリジーダ

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  53. Derek Toroが「Sparkle」で優勝しOPULENCEに出場

    新人ドラァグパフォーマーが競うコンテスト「Sparkle」で、ドラァグキングのDerek Toroが一般投票による優勝を果たした。事前大会の上位者が2024年5月19日のOPULENCE Volume.4最終決戦へ進む企画で、Time Out TokyoはDerekの優勝を日本のドラァグ界における歴史的な成果として紹介している。

    関係人物:Derek Toro

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  54. 「Living Together のど自慢」が第68回でFINALを迎える

    2006年から新宿二丁目を中心に続いた「Living Together のど自慢」が第68回で一区切りを迎えた。最終回もマダム ボンジュール・ジャンジがMCを務め、ドラァグクイーンがHIVのリアリティを伝える場を約19年間支え続けた長期的な実践として記録される。

    関係人物:マダム ボンジュール・ジャンジ

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  55. クアラルンプール・とき子がSophian’s Contestでグランプリ

    上智大学のSophian’s Contestで、クアラルンプール・とき子が同コンテスト史上初のドラァグクイーンとしてグランプリを受賞。学生主体の大学コンテストの中心舞台でドラァグ表現が評価され、東京の若い世代におけるドラァグの公共的な可視化を示す出来事となった。

    関係人物:クアラルンプール・とき子

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